女だけの神代辰巳
8/4,5,11,12
異端するフィルムー現在に生きる神代の視線

日活がそれまでのアクションからロマンポルノ路線を打ち出したのが1971年。数々の“官能プログラム・ピクチュア”が制作された。その存在は日本映画の中でも極めて異色であり突出している。神代辰巳が監督として開花したのはこのロマンポルノであった。女性もスタッフも震えながら撮ったという全くの白紙から始まったロマンポルノ。劣悪な条件を逆手にとった神代辰巳は水を得た魚のように素晴らしい作品を次々と生みだすことになる。脚本を解体して自らのイメージを頼りに再構築していく。リアルに時には滑稽に。何よりも彼自身が男と女の営みを知りつくしているからこそ、あの濃厚でエロチックな性描写が生きてくるのだ。全編を漂う脱力感と論理的な映像、それを増幅させる猥歌。日活は神代を頂点としてその作品群の質を高めたと言っても過言ではない。 また脚本家としての才能も手伝って、他社で一般映画を作ることも神代の重要な一面となった。現在活躍している若手監督の中にもポルノ出身者は多くいる。その先陣として神代辰巳は日本の映画界に永遠に記憶されるべき騎手的存在なのである。

- 上映作品 -

四畳半襖の下張り / 青春の蹉跌 / 一条さゆり濡れた欲情 / 赫い髪の女



川島映画映画祭
10/1〜10/28


古くて新しい川島映画

川島映画は古くて新しい。映画産業が衰え、名画座が姿を消しつつあった90年代にあっても彼の特集は繰り返し上映された。人間や社会を丹念に描いた正統的な作品が急に古い作風として捉えられてしまったここ10年において彼の作品群は逆にその輝きを増しているようですらある。単なるプログラムピクチャーに終止しない松竹時代、才能が開花した日活時代、妖しくも美しい大映時代、いずれを取っても登場人物はおろか、時には物語の完成度さえも越してしまう独特のリズムが宿っていたからではないだろうか。彼の劇中には大人物や人格者は登場しない。「洲崎パラダイス」での新珠、三橋が演じる無気力なカップル、「しとやかな獣」での元軍人一家など、およそ正しくないキャラクターが淀んでいる。にもかかわらず川島監督のテにかかると彼らは途端に躍動する。好きな女性に好かれて逃げ出す「貸間あり」のフランキー堺は、情けないのに何故あれほど軽やかに映るのか?「暖簾」での森繁演じるぐうたら息子は意を決した後あれほど落差激しく動き回り成功して行く様が、小気味良いのか? 今回の上映では世評の「幕末太陽傅」「しとやかな獣」は勿論、奇作珍作文藝作含めた16本。しかし彼の作品に凡作はない。「グラマ島の誘惑」「女であること」の結末を破綻と言うなかれ。 彼のリズムがたまたま作品を上回ってしまっただけのもの。10月のラピュタ阿佐谷は「鑑賞」でなく「体感」の一ヶ月になるに違いない。

- 上映作品 -

天使も夢を見る / 学生社長 / 女は二度生まれる / 洲崎パラダイス赤信号 / わが町 / 女であること / 雁の寺 / しとやかな獣 / 愛のお荷物 / 暖簾 / 銀座二十四帖 / 幕末太陽傅 / 青べか物語 / グラマ島の誘惑 / 貸間あり / イチかバチか