ノルシュテイン氏の教え
ラピュタアニメーションフェスティバル2004コンペティション審査を終えてのインタビュー
−−審査を終えた後にノルシュテインさんが言った、「今の日本の若者はみんな静かな抽象的な世界に住んでいる。そしてなおかつその穴の中から出てこようとしていない。」そういう世界からもう一つの世界ヘ出ていくにはどうしたらいいのか、そういう話を聞きたいと思います。
最初の忠告は、凍った氷の中に投げ込むことです。その瞬間その人達は自分自身になるのです。
実際には、診断書というかカルテといいますか、レシピいうものはないんです。
とにかく賢い、そして心あふれる精神生活を送ることです。そのためには読書をしなければなりません。インターネットの情報だけでは不十分です。インターネットの交流というのは、そこから学ぶことがないのです。自分自身の個人・個性を感じるために、なにかしらつくり上げる能力が必要です。そして自分自身がつくり上げたものを客観視して評価できなければなりません。そういう人というのは、人の作品の評価もできるはずなんです。もしそれができたのなら、この閉塞状態から抜け出す第一歩となるでしょう。
そして自己満足してはいけません。このことを胆に命じてほしいのです。
それはやはり自分の仕事と人の仕事、これをしっかりと見ていかなければなりませんね。そしてその質というのをしっかりと見届けなければなりません。自己満足しなければそれが見えてくるはずです。
レンブラントやベラスケスは天才だったわけだけれども、彼らはどうしてこのような良質なものを生む結果になったのか、これは異なる空間を感じる力です。
ベラスケスはとても単純なプロットの中に何か人間の真実、人生の真実というもの、本質というものを見つめている。彼は宮廷のポートレイトを描きましたが。描く対象に対する関係には、宮廷の人達を描く場合に限らず、とてもきちんとしたものがありました。
フィリップ四世にしてもハンサムではなかった。そういうものを見つめて描いたんですね。それから王の道化・王の小人に非常に真摯に立ち向かいました。そういう意味で彼はゴーゴリと似ている。態度も変わらない。同じことを行っているんですね。そして彼が描いた道化達や小人達、これがやはり私達が愛すことのできるものなのです。王を描いて、王の道化や小人達を描いて、その両者の中にあってこそ彼は成長することができたんです。またそれが故に彼の静物画も非常に高度なものになっていきます。
ご質問に戻っていきますけども、若い人達、彼らは必ずや自分の目で見る、見い出すということを学ばなければなりません。そして周辺の詳細を見つめなければなりません。実生活の詳細なものを見つめていかなかったならば、いい意味の上昇志向は実現しないはずです。
毎日学校に来る度に、自分が目にしたものや考えたこと、出会った人について語ること。毎日です。毎日それをやっていけば、とても理知的なもの、その世界に入り込むことができます。そして本人達自身も気づかないうちに、半年過ぎた時に非常に自由に絵コンテが描けるようになるんです。そのなかで物理的な力を育てなければいけません。それ抜きには仕事をやり遂げることはできません。
−−その物理的な力というのは、具体的にどういうことですか。
バレリーナは毎日毎日、スポーツマンは毎日毎日、トレーナーとしての鍛練をしますね。それをやらなくちゃいけない。それは周辺をとても注意深く見るということからはじまっています。
例えばテレビを見たら、その中で何らかのプロットを見つけたら、そのプロットで絵コンテをつくる。あるいは本を読んでもそう。それは紙の上だけでできるんです。頭の中だけで。そうやって鍛練をする。絵コンテを描く。
−−詳細を見つめるというのは、見てその絵にするということですか。
そうです。絵コンテとかね。アニメーターは注目者です。一種の美術的な鍛練も含めてそうしていかなければならない。
−−その方法論を具体的に言ってもらえませんか。
例えば蟻が這って歩いてるのを見たら、誰か踵で踏んづけるかもしれない。しかし別の人はそれを見つめるでしょう。もしかしたらそんなことつまらないと思うかもしれませんけど、そこには全世界があるのです。観察しなければなりません。ですから道で出会った犬でもいいんですね。それから散歩に連れられている犬同士が匂いを嗅ぎあっている。それだけで、もうとても立派なプロットになります。そういうプロットとか勉強する材料はその辺に転がっているんです。外に出れば一歩歩くごとに出会うに違いありません。
−−出会った犬、そこから自分で物語を作ってみるということですか。
そうですよ。まず観察してみる。それは観察しないと何もできない。
例えばこの間私達お寺に行きましたね。住職さんが現われました。それだけで一つの世界です。どんな風に彼が走るか、どんな風に彼が歩くか、どんな風に人を見るか、どんな風に接するか。これだけで、もう一つの大きな世界です。八十一歳の彼がどんな風に走るか、どんな風に人に接するか、どのように微笑むか、どういうような話し方をするか、どんな着物を穿いていたか。彼の体・頭これが一つの地蔵様みたいな一つの彫像です。彼の中身、彼は何を考えているのか、どういうものを秘めているのか。
クラシックの何かを読んだら、やっぱりその中の小さなプロットで絵コンテを描いてみる。それから俳句を読んだらその俳句で絵コンテを描いてみる。俳句は難しいです。すぐにいいものは出来ません。でもそうやって自分を鍛練していかなければならないのです。
世界に興味がなかったら、この仕事なんてできません。好奇心も源泉なんです。私だったら、どういう本を読んだかと毎回毎回要求します。小さいのでもいいんです。短篇でも。こういう詩を読んだ、私はこの水の音を聴いた、水がどんな風にあがるのか、どういう響きがしたか、それでもいいんですね。人々の中に入っていって何か会話を聞いた。それが何についてだったか、それだけでもいいんですよ。なにしろちょっとしたことをやっただけで、それは先に進んでることになるんです。
コンペティションの初日、上映が終わった後で作者各自に出てきてもらって話をしてもらいました。ここで私は何かしら疑問を感じました。言ってることと作品との間の距離があるというだけじゃない。考えていることとやっていることが違い過ぎる。作品をつくるけど、それはそれ、何かそこで出てきて言うことは言うと。普通は一人の人間から出てきたものには何か内面の共通する本質、内面の何か筋の通ったもの、共通性があるはずなんですよ。その一人から出てきたものだから。なにかすごい欺瞞性を私は感じました。
彼らには文学的な対象があるのかどうか。もちろん絵画史は絶対必要ですよね。モスクワ国立映画大学では文学の授業・文学史の授業を必ずありました。それから衣装の歴史。衣装、コスチュームです。そこから非常に質の高い衣装のデザイナーが生まれています。芸術作品は、あらゆるところから集約される、収斂されていくんです。
私がイギリスにワークショップで行った時、参加者は本当に眠りこけている状態でした。頭の中も何もかもです。すぐに美術館に行きなさいと言いました。それだけじゃなくて課題を与えました。どの部屋の何を観ろ。この人は何を観る。そしてその後の質疑応答。そしてそれをテーマにしてものをつくってもらう。実は私はものすごい質問と要求で彼らを苦しめました。彼らは歯ぎしりした。人物が登場すると、この歩き方は、この人の両親何してる、兄弟いるの、どんな家に住んでるの、どんな街、何が好きなの、今日何食べた。どんどん寄っていってギーって言ったけど、四日過ぎたらどんどん自分で探した。自分がつくり出すキャラクター、背景からどういう人物かってつくり上げた。ロマン・カチャーノフもみんなそうやって仕事しました。私達、私は直接教わってないけど、仕事の中で教わったんです。そのようにして私は育った。今は技術的に分析が可能です。音の構成からコンポジションの構成から、それがどう変化するのか、セリフはどうなのか、全部を一コマごとに見ていけます。この分析・研究の中から学ぶという手もあるんです。いい作品というのはどういう風に組み立てられているか、この分析を技術がさせてくれる。昔はそんなことは無理だった。
本を読まない人にはクラシックの断片を持ってきて、それで絵コンテを描かせる。それから今度は絵ですよね。絵もリアルな絵だけじゃなくて、抽象絵画も持ってきて、その中の一つのコンポジションで。その中をどう泳いでいくか。どういう絵コンテを作っていくか。全部コマ落としをしていく。そしてつくらせる。
それで次の段階には、文学的な断片のプロットで絵コンテをさせると同時に、今度はこの文学テキストに合った表現を持ってくる。で、それでその中でつくらせる。もちろん紙の上ですけどね。こういう風にした時にやっと、ぎゅっとこう展開できるんですね。
それからじゃあどのように雨が降るか、しずくがどう落ちるか。これを言葉で全部書かせる。今度は絵で描かせる。そうすると2チャンネルができるわけですよね、頭の中で。2チャンネルに対する働きが機能してくる。これも相当なものです。
将来本当にアニメ−ターになりたいなら、監督になりたいなら、シナリオを書かなきゃならない。言葉が必要だから。そしてまたイメージを、イメージとして描いていかなきゃならない。どっちも必要です。
現象を見た時にそれを一つの形にしていく。力はものすごくいい、その感覚は。例えばね、手袋を取って置いた。その手袋が手の形をまだ保持している。それだけでもいい。じゃあどうなるか、どうするか。だから、イメージとして考えていくことを発展させていく課題なんですね。言葉でも絵でもやらなくちゃいけない。表現、それが表現です。










