アート・アニメーションのちいさな学校-Laputa Art Animation School-JapaneseEnglish

方針

手作りのアニメーションを継承する
アート・アニメーションのちいさな学校は平面と立体のアニメーションを学ぶコース(昼の部、夜の部)があり、第一線で活躍する講師が指導にあたる、少人数マイスター制の学校です。基礎を徹底的に学 び、それをもとに生徒自ら発展、応用させる創造力を身につけていきます。
学校長 真賀里文子より
  • アート・アニメーションの学校、この名称そのものが既に矛盾をふくんでいる。しかしそれを承知の上で命名したのがこの学校です。

    最近美術系の学生さんたちの作品や、コンペティションに応募された作品をみる機会が多くあります。当然の事乍ら、力作だったり力不足だったりです。しかし総じていえる事は、表現したい事の曖昧さと伝えることの不確かさです。

    生来の天才も何等かのさぐり方で、みて感じて自分を表現する方法を身につけています。又、どこかで学ぶ事で隠れていたものが芽を出し、伸びていく人もいる筈です。

    伝えるための「技」を加える

    アートアニメーションの定義は非常に曖昧なまま認知されてきてい ますが、作者は必ず伝えたいことがあっての映像化であり自分の個 性を発揮しての作品づくりだとおもいます。
  • 人形アニメーター 真賀里文子
  • 真賀里文子
  • しかし、もう少し伝えたい事が明確にされ、伝える為の「技」がもう少し加わると、もう少し個性がだせてみる人に伝わるのにと思うことが多く、それを手伝う集団があってもいいのではとおもっていました。その様なポジションにこの学校はあります。この視点を大切にして生徒達を見守っていきたいとおもっています。

    (2007年12月)


なぜ学校なのか
  • ここには学校がない
  •  発端は、ラピュタアニメーションフェスティバルの初年度(2000年)、審査委員長を務めてくれたロシアのアニメーション監督ユーリ?・ノルシュテイン氏の「ここには学校がない」という発言だった。それまで、1985年の広島アニメ?ションフェスティバルより数度の来日を繰り返し、日本を第二の故郷というようになった氏でも、ラピュタのフェスティバルで日本の若者たちの作品群を観るのは初めてのことだった。そして第一次選考の全応募作品をみての最初の言葉であった。
  • ラピュタ阿佐ヶ谷
  •  本格的な日本のアニメーションの発展は敗戦後であった。長編のアニメーションは日本のディズニー を目指した『白蛇伝』に始まる。現場の作り手たちはディズニーやフライシャーあるいはソビエト(『雪の女王』『せむしの仔馬』)、フランス(『やぶにらみの暴君』)等の作品に強い影響を受け、60年安保など時代の荒波を受け乍らも着実に成果をあげていった。一方で、50年代初頭より日本もテレビの時代に入る。その圧倒的な力を背景に国産初のTVアニメーション『鉄腕アトム』が手塚治虫の手によって制作される。東京オリンピックを境に構造変化していく日本というシステムのなかで、時代の最先端に躍り出たTVと、雪崩のようにその方向に向かって行くアニメーション。かつては良質なアニメーションを作り続けていた東映動画も、またちいさいながらも独自のプロダクションで人形アニメや自主作品を作っていた人たちにも、その波は怒濤のように押し寄せる。以降、その商業主義に押しながされるように、アニメーション制作におけるシステム(特に経済的、すなわち人材育成にも)は、作家個人の発想を作品化していく道を狭めていく。
  • 初歩的な力を養うための「場」としての学校
  •  それが現在のアニメーションをとりまく現状であり、ノルシュテイン氏の発言にも繋がっている。そこまでくると学校の目的は明確になってくる。商業主義により独自の発展・進歩を遂げたアニメーションの偏重と是正、すなわち、作家主義による作品制作の場の確保。平たく言えば、モノをつくる人が自分の目で見、頭で考え、手でつくる、その初歩的な力を養うための「場」としての学校なのだ。

    事務局長  才谷遼

3つの特色
・人形アニメーションのうまれる場所
・日本アート・アニメーションの元祖 久里洋二 アニメーションの極意を直伝!
・アニメーション界の各分野の第一人者が講師として集う
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